生存IFより前の出来事
原作準拠STEM内ステファノ主観
注意書き
◆公式とは一切関係のない個人の二次創作になります。
◆無断転載、複写、複製、配布などの行為を固く禁じます。
◆悪役生存IF前提の原作沿い悪役視点ノベライズです。
◆原作セリフは自解釈に合わせて英語版翻訳です。
◆悪役サイコパス殺人鬼から割とアクを抜きがちです。こんな解釈あるのかという差をお楽しみください。
◆完全健全です(人死には出ますがエグくはないです)
[The Unseen]–before His Survival
金属製に見える、医療器具めいたバスタブ型の容器。今は空のそこへ着衣のまま横たわるように指示され、彼は黙ったままで従った。あまり寝心地がいいとは言えない。
現実ではここへ繋がれたまま、意識では別の世界で生きるというのか。
「もう戻る事は出来ません、移住登録は完了しています」
「しつこいな君も。──わかっている、もう戻る気はない。全て片付けてきたよ」
厳密には「全て」ではなかったかもしれないが、人間関係等の身辺整理はしてきていた。財産を託せるような信頼できるアテはなかったので管理は事務的に弁護士へ託している。5年戻らなかったら全て売り払ってくれて構わないと契約済だ。
フォトジャーナリストとして戦場入りする都度同様の契約で託している相手だ、今回も「いつも通り」には違いない。
……おそらく。
かつての「取材」と違い、今回こそはもう戻ることはないだろうと、彼には予感があった。
世界で理解されない自らの「芸術」を、このSTEM世界へ託す。
あらゆることが許され、法の規制も受けはしない新世界。そしてその世界では、この自らの命も芸術の素材の一つとなるだろう。
具体的ビジョンはまだないながら、己の「創造性」が自分の身を喰うほど強いものになっているのはわかっている。
今はもう見えない右目を意識する時、脳裏に薄紅のヴェールがかかる。
──赤い世界。
ダリの描く悪夢のような美、脈打つ宝石の心臓から流れるルビーのような赤。その赤を紡ぎだす源……現実では塗料の色に事欠いたがSTEMでなら禁じられた素材入手も容易いだろう。
「──では注入します。カウント」
機械音声によるカウントが入ると同時、バスタブ内に透明な溶液が満たされる。
体が濡れた感覚を意識したのもつかの間、次の瞬間には広大な海へ身一つで落とされたかのような浮遊感が彼を包んだ。
──脳へ干渉して虚構を現実として錯覚させる……電気を通すのには当然水を使う。
──耳から水が入って脳まで溶液漬けか? あんまりぞっとしない話だな。
虚構に身をゆだねつつ、意識を現実に置いたまま冷静に仕組みを観察していた。
協力者となった「神父」が言っていた、「あなたは人の言葉を容れない、流石はサイコパスだ」と。
美辞麗句に乗らない彼へ向けられたそれは明白な侮辱だったが、逆にその言葉は彼の気に入った物となっていた。「サイコパス」は蔑称だが、洗脳を得意とする神父や虚構を現実と入れ替えるSTEMでのそれは「コントロール不能」の言い換えでしかない。人は、制御不能なものを恐れる。
──そう。誰も僕をコントロールすることはできない、純粋な芸術の衝動(ミューズ)以外は。僕の作り出す美を恐れるといい。
──仮初の夢でもいい、虚構だとも知っている。それでも空虚な僕のこの目へ、確かな物を見せてくれ。
彼は意識して現実から思索を逸らすと、自ら望んでSTEMの示す虚構世界へと身を投げた。